第26回|自死遺族のグリーフ
3月は自殺対策強化月間ですね。1月に厚労省より自殺者数の暫定値が発表されました。全体では減少傾向にあり、統計開始以来、初めて2万人を下回りました。一方で小中高生の自殺者数は増加が止まらず過去最多を更新し続けています。
自殺とグリーフというテーマは以前にも取り上げましたので、今回は少し視点を変え、自死遺族とグリーフというテーマで考えていきます。なお、自殺・自死という言葉の違いについては、全国自死遺族総合支援センターの「自死・自殺の表現に関するガイドライン」に基づき、このコラムでは両方の表現を使います。
自殺で亡くなった場合、残された遺族は死因を人に話すことができないことも少なくありません。自殺は恥ずかしいとか、よくない死だと考えるような社会的な偏見もあります。残された遺族は死因を明かして、死について語ることが難しく、周囲の人たちが自殺だと思っていても、遺族に聞くことができないこともあります。無理に話す必要は全くありませんが、話しづらさのために苦しくなったり、周囲から孤立することもあるでしょう。そうした時には電話やメール、インターネット上での支援もありますし、地域の保健所でも自死遺族の相談に乗ってくれます。支援を頼ることも大切な方法です。
また、これは自殺に限ったことではありませんが、同じ家族であってもグリーフのあらわれ方、感じ方や考え方は人それぞれ異なります。たとえば子どもが亡くなって父母が残された場合、父親と母親では起こってくるグリーフは異なります。同じようなグリーフに見えても、全く同じものにはならないでしょう。自分はご飯を食べても味を感じないくらい苦しいのに、連れ合いは元気に食べている。冷たい人間だと感じるかもしれません。辛くても生きていかなければいけないので、仕事もしなければならない。それなのに連れ合いは泣くばかりで、家のことも手につかない。あの子に申し訳ないと思わないのかと感じるかもしれません。グリーフは人それぞれ指紋のように異なるものです。一見、悲しんでいないように見えても、自分とは異なる形でグリーフに接しています。人それぞれ違うものだと知っておいてください。
