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第28回|グリーフケアと月参り

 グリーフとは大切な人やもの、環境などを喪失した時に、身体や心などに起こる様々な反応のことを言います。グリーフケアとは、グリーフを大切にすることです。具体的には、グリーフとどのように付き合っていくのかを考えたり、グリーフについて知ること、グリーフと付き合いやすくすることだと私は受けとめています。

 さて、そんなグリーフと付き合いやすくする方法のひとつとして、今回お話したいのは月参り(つきまいり)です。月参りとは、亡くなった人の月命日、たとえば4月1日が命日であれば、5月1日、6月1日…と、毎月の亡くなった日にちにお宅を訪問して、お内仏(仏壇)で勤行する習慣です。何十年も続ける方もおられれば、1年、2年だけお願いしますと頼まれることもあります。仕事の都合で夜に来て欲しいという方もおられれば、厳密な日にちではなく、その前後の特定の曜日でと頼まれることもあります。お寺や宗旨によっても異なりますので、関心がある方はお付き合いのあるお寺に尋ねてみてください。

 この月参りという場は、法事や葬儀などに比べて、ご家族とゆっくりお話できる機会になりやすいものです。月参りの後には、お茶をいただいてご家族のお話を聞くことがよくあります。時には、亡くなった時のことを毎回繰り返し語られることもあります。また、亡くなったことで感じていることや、生活する中での困りごとを聞いたり、お骨のことなどの相談を受けることがあります。相談にそのまま答えることもありますが、どちらかというと、問題を解決したり、答えを見出すというよりも、目の前の人の話を聴くということに私は重きをおいています。

 月参りという、月に1度、亡くなった人に思いを寄せる時間をつくること。思いを語ったり、困りごとを相談できる場は、大切なグリーフケアの場として機能しています。毎月訪問して顔を合わせることで、その人の状態を確かめたり、必要な時にはどこかに繋ぐこともできます。仏教としての月参りの意義は毎月のお勤めを通して、仏様の教えを聞くとか、供養することにあると思いますが、一方で、グリーフケアとしても月参りは、ありがたい仕組みと考えています。

第27回|共感疲労

 大切な人や存在、環境などを喪失した時に起こる様々な反応をグリーフといいます。グリーフを抱えている人の話に耳を傾ける中で、その人の苦しみがまるで自分の苦しみのように感じられて辛くなることがあります。激しい不安や緊張、あるいは「何もしてあげられない」という無力感に襲われることもあるでしょう。このように、相手の状況に深く感情移入し、心が疲弊しきった状態を「共感疲労」といいます。

 共感疲労は、眠れない、疲れがとれないといった体調の変化だけでなく、急にイライラしたり、涙もろくなったりする形でも現れます。介護職や医療職などの支援的な立場になりがちな人が共感疲労になりやすいと言われますが、専門職に限らず、誰にでも起きうることです。

 また、必ずしも相手の状況に肯定的に共感していることで起こるとは限りません。たとえば、その状況から逃げ出したいとか聞きたくないなどの思いから生まれることもありますし、相手の状況に自分が何もしてあげられないなどの無力感から生じることもあります。

 それでは共感疲労にはどう対処すればよいのでしょうか。まず自分自身を大切にすることです。それをセルフケアといいます。セルフケアについては、以前にも取り上げましたが、自分の状態を自分自身で確かめて、どうしたら自分が心地よくなるか考え、実践してみてください。好きなものを食べたり、趣味の時間を大切にしたり、何もしない時間を作る、友人とのお喋り、人それぞれ千差万別なセルフケアがあると思います。

 共感疲労をゼロにすることを目指さなくても良いと私自身は考えています。共感疲労が起こるような状況はある意味では、それだけ大切に相手の話を聞いているとも言えるのだと思います。ただ、そのために自分自身が潰れてしまう必要は全くありません。共感することも大切ですが、自分は自分、相手は相手と境界線を引くことも時には重要です。

 また、共感疲労は、人の話を聞くだけではなく、災害や自殺、辛い事件の報道などに触れることでも起こることがあります。そうした時には、一旦、そういった情報から離れることも有効な方法です。

第26回|自死遺族のグリーフ

3月は自殺対策強化月間ですね。1月に厚労省より自殺者数の暫定値が発表されました。全体では減少傾向にあり、統計開始以来、初めて2万人を下回りました。一方で小中高生の自殺者数は増加が止まらず過去最多を更新し続けています。

自殺とグリーフというテーマは以前にも取り上げましたので、今回は少し視点を変え、自死遺族とグリーフというテーマで考えていきます。なお、自殺・自死という言葉の違いについては、全国自死遺族総合支援センターの「自死・自殺の表現に関するガイドライン」に基づき、このコラムでは両方の表現を使います。

自殺で亡くなった場合、残された遺族は死因を人に話すことができないことも少なくありません。自殺は恥ずかしいとか、よくない死だと考えるような社会的な偏見もあります。残された遺族は死因を明かして、死について語ることが難しく、周囲の人たちが自殺だと思っていても、遺族に聞くことができないこともあります。無理に話す必要は全くありませんが、話しづらさのために苦しくなったり、周囲から孤立することもあるでしょう。そうした時には電話やメール、インターネット上での支援もありますし、地域の保健所でも自死遺族の相談に乗ってくれます。支援を頼ることも大切な方法です。

また、これは自殺に限ったことではありませんが、同じ家族であってもグリーフのあらわれ方、感じ方や考え方は人それぞれ異なります。たとえば子どもが亡くなって父母が残された場合、父親と母親では起こってくるグリーフは異なります。同じようなグリーフに見えても、全く同じものにはならないでしょう。自分はご飯を食べても味を感じないくらい苦しいのに、連れ合いは元気に食べている。冷たい人間だと感じるかもしれません。辛くても生きていかなければいけないので、仕事もしなければならない。それなのに連れ合いは泣くばかりで、家のことも手につかない。あの子に申し訳ないと思わないのかと感じるかもしれません。グリーフは人それぞれ指紋のように異なるものです。一見、悲しんでいないように見えても、自分とは異なる形でグリーフに接しています。人それぞれ違うものだと知っておいてください。

第25回|グリーフケアとAI

 対話型の生成AI(人工知能)を使ったことはありますか。ChatGPT(チャットジーピーティー)をはじめ、今やAIは私たちの生活に深く入り込み、私自身もコラムの構想を練る際、AIに相談してみることがあります。1年ほど前までは「とんちんかん」だった回答も、今では驚くほど説得力のある言葉が返ってくるようになりました。

 では、私たちのグリーフ、大切な人やもの環境などをうしなったことで心や身体に起こる様々な反応をAIはどのように受け止めてくれるのでしょうか。今、世界では亡くなった人をAIで再現する試みが広がっています。 例えば、故人が生前に書いた文章からその人らしい言い回しを学び「手紙」を届けてくれるサービスや、生前の音声から「声」を再現するもの、さらには動画で故人が語りかけてくるものまで登場しています。

 これらは、グリーフケアに役立つのでしょうか。 結論から言えば、その答えはまだ出ていません。AIで故人を再現する事業者を中心に大きな効果を期待する声がある一方で、実際にどのような心理的影響があるかは、まだ研究途上であり、十分に解明されているものではありません。

 死者をAIで再現すること自体も、肯定的な意見と否定的な意見の両方が聞こえます。少し古い話ですが2019年の紅白歌合戦でAI美空ひばりが歌ったことを覚えている人もいるでしょうか。あの時も美空ひばりが蘇ったようだと喜ぶ声や、死者への冒涜だと批判的な声など賛否両論がありました。現在の生成AIによる故人の再現も死者の尊厳の問題や、AIで蘇らせる(=再現する)ことでAIに過度に依存してしまうのではないかという懸念も指摘されています。

 現在は、多額の費用もかかり、反発も多い故人の再現AIを万人に勧められる状況ではないと思います。私自身も身近な人をAIにより再現することには強い抵抗感があります。それでも、伝えられなかった思いをAIに託すことで、心が軽くなる方がいるのも事実でしょう。急速に進化する技術の波の中で、私たち一人ひとりがそれぞれのグリーフとどのように付き合っていくのか、選択肢は増えているのを感じます。

第24回|グリーフの二重課程モデル

 私たちは喪失体験を経て、どのような過程を辿るのか、今回はグリーフの二重過程モデルをもとに考えてみたいと思います。二重過程モデルとは、喪失体験によるグリーフを段階的に解決していくのではなく、喪失に向き合う「喪の仕事」と、現実に向き合う「現実の仕事」を行ったり来たり繰り返していくと考える理論です。具体的に次のようなものが含まれます。

 1. 喪の仕事(喪失指向)
 亡くなった人のこと思い出したり、失ったことについて考えたり、涙を流したり。喪失に向き合っている時間です。 「あんなことがあった」「寂しくてたまらない」などの気持ちが起こったり、喪失のことを人に話したり、辛い思いを文字に綴ったりする時間などが含まれます。

 2. 現実の仕事(回復指向)
 仕事や家事に没頭したり、新しい趣味を始めたり、遺品の整理をしたり。現実に向き合っていく時間です。 「これからの生活をどうするか」と考えたり、新しい役割に適応しようとする作業を指します。

 私たちはともすれば喪失によるグリーフを抱えている「喪の仕事」の時間から、徐々に回復して「現実の仕事」に移っていくように考えがちですが、二重過程モデルの大切なことは、私たちはそのように一直線に「喪の仕事」から「現実の仕事」に向かい、グリーフから回復するのではないということです。「喪の仕事」と「現実の仕事」を行ったり来たりするのは、私たちは常に気持ちが揺らぎます。故人のことを考える時間と考えない時間の両方が大切なのです。
 グリーフには個人差もあります。仕事や家事が手につかなくて「喪の仕事」にずっといるという人もいれば、喪失の苦しみを忘れたくて、いつも以上に仕事に没頭する人もいるでしょう。行ったり来たりするスピードも頻度も人それぞれ異なります。それらは決しておかしなことではありません。急に悲しみに引き戻されて「喪の仕事」に入ることもあれば、時間をあけてから「現実の仕事」を進める人もいます。また、何年経っても何かの拍子に故人を思い出して「喪の仕事」に移ることもあります。揺らぐことを否定する必要はありません。

第23回|喪失による社会的な影響

 グリーフとは、大切な人やもの、環境などを喪失した時に起きる様々な反応をいいます。グリーフで現れる反応の中には、夜眠れないなどの身体的な影響、悲しみで何事も手につかなくなるような心理的な影響など、様々な反応、影響がありますが、今回は社会的な影響について考えてみたいと思います。

 たとえば、働いている配偶者を亡くして収入が減り、それまでと同じような生活ができなくなる場合があります。また、自分は車の運転ができないけど、家族が亡くなるまではその人が車で買い物に連れて行ってくれていた場合、移動手段が無くなって買い物に行くことが困難になる場合もあります。今の季節だと除雪などもそうでしょうか。それまでは亡くなった人が担っていた仕事が、亡くなることによって、残された家族の負担になることもあります。

 身近な人がそういった状況に置かれた時に、私たちはどのように対応したら良いでしょうか。まずはその人の話を、その人が話すままに聞くことが大切だと思います。それと同じように、実際に生じた困難、問題を解決するためのサポートを行なうことも大切なグリーフケアです。たとえば買い物に一緒に行ったり、直接、関わることができなくても、宅配サービスを紹介したりと、その人が必要なところに繋ぐこともグリーフケアになります。たとえば、除雪なども市町村によっては支援がありますが、そういった支援があることを知らないと利用を検討することもできません。あくまでも主体はグリーフを抱える本人ですから、支援の押し売りのようなことをするべきではありませんが、本人の言葉を大切に聞きながら、状況に応じて専門家や適切なサポートに繋ぐことも必要になると思います。

 次に、このような喪失による社会的な影響が、自分の身の上に起こったらと仮定して考えてみます。そうした時に、このことで困った時にはあの人に聞こう、あっちの問題ならば別のあの人に聞こうなどと、いざという時に助けを求めることができる相手を書き出してみるのも一つの方法です。日頃から困ったときのための情報を集めたり、詳しそうな人や頼りにできる人を探しておくのも良いでしょう。

第22回|言葉のヒント

大切な人を亡くしたり、大きな喪失を経験した人が身近にいる時、私たちはなんとか力になれないか、早く元気になって欲しいと願います。けれども良かれと思ってかけた言葉が、かえって相手を深く傷つけたり、孤立させてしまうことがあります。

「いつまでも泣いていたら亡くなった人が悲しむよ」とは、悲しんでいるその人のあり様を否定します。

「時間が解決してくれるよ」。先のことではなく、今の悲しみや辛さを聞いて欲しいのです。

「私にも似たような経験があるからわかるよ」。同じような経験があってもグリーフは一人ひとり異なります。似ていても同じとは限りません。

「また新しい出会いがあるさ」は、 亡くなった人との関係性を無視し、その人の存在や記憶を軽んじることにつながりかねません。

これらの言葉は励ましのつもりでも、相手にとっては自分の悲しみは理解されていないと孤独感を深めてしまう原因になるのです。

では、グリーフを抱える人にどのように向き合えばよいのでしょうか。求められていないならば、アドバイスをせずにグリーフを抱える人の声に耳を傾けることが大切です。自分の意見を披露するのではなく、話し手が話すままに聞くことです。言葉をさえぎったり、否定せずに、相槌を打ちながら、相手の言葉に耳を傾けましょう。聞く方法にリフレクションと呼ばれる技法があります。たとえば、相手が話していることを、オウム返しのように返すこと。「全然、疲れが取れないんだ」と言われたら、「全然、疲れが取れないんですね」とそのままに返す。話し手の声の大きさや、スピード、話の調子に合わせて聞き手も同じように反応を返すやり方もあります。話し手が安心して話せる場を作るためにこういった技法も効果があります。

話を聞いて何も言えなくなる時もあります。その時は、なんと言ったらいいかわからないけれど、心配していることを伝えるのも良いでしょう。言葉が見つからなくても支えにはなれます。言葉に詰まっても、無理に何かを言おうとする必要はありません。そばにいて、頷き、静かに相手の話に耳を傾ける。それこそが、グリーフを抱える人にとって大切な支援となります。

第21回|グリーフへの誤解 #2

 大切な人やもの、環境などを喪失した時におこる、様々な反応をグリーフといいます。前回に引き続き、グリーフやグリーフケアについて誤解されがちなことを考えてみたいと思います。

 喪失によってグリーフは大きくあらわれ、時間が経つにつれて、だんだんグリーフが小さくなっていく。そのように私たちは考えがちではないでしょうか。例をあげると、お連れ合いが亡くなって、亡くなった直後は悲しくていろんなことが手につかなくなる。けれども、1か月が経ち、数か月経ち、そして年数を経てだんだん悲しみが和らいでいく。悲しみは消えないけど、たまに思い出しながら日常生活を送っていく。

 もちろん、中にはこういった経過を辿る方もおられます。しかしながら、必ずしも全員がそうなるとは限りません。喪失から何か月か経っていてもグリーフが重い、しんどいという方もいれば、喪失体験があっても、そのことを強く悲しいとは思わない、無関心としてグリーフが現れることもあります。大切なことは、グリーフやその経過はひとりひとり異なるということです。

 自分が体験したように、他の人のグリーフも同じようになるとは限りません。いつまでも悲しんでは亡くなった人が安心できないと声をかけてしまったり、何年も経っているのに悲しい思いが消えないと苦しむことは、私たちが自分の脳裏に思い描いた「正しい」グリーフの経過から、ずれてしまっていることを気にしているのではないでしょうか。

 グリーフそのものは病気ではありません。グリーフは誰にでも起こり得る自然な反応です。グリーフが人それぞれ異なるということは、誰でも共通の「正しい」グリーフの経過というのは存在しないということです。全員が必ずしも一定の経過を辿るような正解はありません。時間が経てば楽になる、楽にならなければおかしいと思うならば、それはグリーフについての大きな誤解だと私は思います。

 時間が経てば悲しみや苦しみが和らぐことを俗に時薬(ときぐすり)と言います。もちろん時間の経過で楽になることもありますが、亡くなった日や、何かかのきっかけでまたグリーフが現れることもあります。そのことを無視してはいけません。

第20回|グリーフへの誤解 #1

 書きたいことがいっぱいあるのですが、浅学の身ではなかなか文章にできず、テーマ選びに難航しています。グリーフについて書かれた本を読んだり、インターネットで情報を集めたり、生成AIに聞いてみることもあります(文章は全て自分で書いています)。

 インターネット上の情報や生成AIの回答の中には、グリーフケアについて誤解されているのではないかと感じられるものも少なくありません。今回はそこに焦点をあてて、グリーフについてよく見られる誤解について考えてみたいと思います。

 グリーフとは死別について言うものであり、グリーフケアとは死別の悲しみを癒やすものであるという誤解。インターネットでグリーフケアについて調べると、グリーフが死別に限定されているものが多く見受けられます。パートナーや友人、家族などの大事な存在を喪うことは心身に大きな影響を与えうる喪失と言えるでしょう。死別による喪失はグリーフであると私も思います。

 しかしながら、繰り返し言っていますが、グリーフとは大切な人やもの、環境などを喪失した時に起きる様々な反応のことを指します。それは決して死別に限定されたものではなく、例えば、財布を落とすことで生まれるグリーフもありますし、引っ越しで見知らぬ土地に移ることで心身に反応が起きることもあるでしょう。身体が傷ついたり、病気によって健康を損なうこともグリーフと言えると思います。ついつい、死別というところに注目しがちですが、死別だけがグリーフというのは大きな間違いです。

 また、グリーフケア=癒やしというのも注意が必要だと私は思います。グリーフケアによって悲しみや辛さが和らいだり、癒やされたという人はいるでしょう。それは意義深いことだと思います。しかし、グリーフは悲しみだけではなく、喜びとして現れたり、心身の不調や過活動、なぜこうなったかなどの答えの無い問いかけの形で現れることもあります。死別の悲しみを癒やすというのは極めて限定的です。また、癒やしを求めない人もいます。そういった人のグリーフも大事にしたいと私自身は思います。グリーフケアは押し付けがましいものではありません。

第19回|亡き人への手紙

 大事な人やもの、環境などを喪失した時に起きる様々な反応をグリーフといいます。このコラムではグリーフについて知ることで、グリーフを付き合いやすくなることを目的として書いています。

 グリーフは時間の経過と共に軽くなるように考えられがちですが、必ずしもそうとは限りません。たとえば、喪失から時間を経て、少し気持ちが軽くなったように見えていても、ふとしたきっかけで、しんどいな、辛いなと思うこともあります。死別であれば、亡くなった日や、喪失した存在と思い入れのある日、たとえば誕生日や結婚記念日などにグリーフが重くなることがあると言われています。これを記念日反応といいます。また、先日、お連れ合いを亡くしてシングルファザーとなり、子どもを育てている人のお話を聞く機会があったのですが、その人は子どもの入学式や運動会などで、周りの家族を見ると悲しい気持ちが増したと話しておられました。

 そういった時に自分の中のグリーフと付き合っていく方法の一つに「亡くなった人や存在に手紙を書く」というものがあります。今の自分の気持ちや思っていること、また亡くなった人、かわいがったペット、大切な存在に伝えたいこと、聞いてほしいことを、そのまま文字に書いて言葉にしてください。手紙として整った文章でもよいですし、思いつくままに箇条書きにしても良いと思います。文字にすることが難しければ絵や他の表現方法を使っても良いでしょう。大切なことは自分の中にある思いを、外に向かって出してみることです。心の中にもやもやしていたものを、言葉や絵などにすることで、見えてくるものもあるでしょう。

 書いた手紙をどうするか。地域によっては「漂流ポスト」や「緑のポスト」といって亡き人への手紙を受け入れる場所もありますが、残念ながら空知では聞きません。最近では葬儀屋さんが類似のポストを設置している例もあります。インターネットでは、そらノート(https://soranote.jp)といったサービスも無償公開されています。うちのお寺でも来年あたり、お盆にあわせて8月中は手紙を受け付けるようなポストを設置してもよいなと、この原稿を書きながら考えています。

そらノート|https://soranote.jp

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