グリーフとは、大切な人やものなどを喪失することから生まれる、その人なりの自然な反応や状態、プロセスをさす言葉です。
このコラムでは、グリーフについて知ることで、グリーフと付き合いやすくすることを目的として、共に学んでいきたいと思います。

第32回|支援者のグリーフ

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第32回|支援者のグリーフ

どんな人であっても喪失を経験しない人はいません。悲しくなったり、体調を崩したり、気力が湧かなくなったりするなど、様々な反応は誰にでも起こり得る自然なことです。

しかし、職業や立場によってはグリーフを表すことが周囲、あるいは自分自身にすら認められづらい場合があります。たとえば私自身は寺の住職をしており、葬儀などで死別と深く関わる仕事をしています。ある時、僧侶向けの研修会で、親しいご門徒さんを見送るのが辛いと思いを明かした若い僧侶がいました。それに対して「葬儀に関わる僧侶が泣いたり悲しんだりしてはいけない。遺族が安心して悲しめるよう動じずに勤めるべきだ」と先輩僧侶が諭す姿を見ました。

確かに葬儀の進行が滞るほど取り乱しては遺族も困ってしまいます。しかし、若い僧侶が抱えた思いはどうなるでしょう。辛い気持ちを外には出さずに、遺族と向き合って葬儀を勤めるのでしょうか。私は無理に取り繕う必要はなく、僧侶も悲しんで良いと思っています。むしろその体験を通し、大切な人との別れの苦しみを説くべきでしょう。

苦しい姿を見せてはいけないと思われるのは僧侶に限りません。日常的に死別に関わる医療や介護、福祉、葬祭業の方、災害に対応する警察官や消防職員、自衛官などにも起こります。また「男だから悲しんではいけない」といった価値観も同様です。これらは悲しむ権利を周囲から奪われてしまう「公認されないグリーフ」と言えます。

支援する立場にいる人のグリーフとは、どう付き合えば良いのでしょうか。まず第一には自分自身にグリーフがあることを認めて、自らを大切にする「セルフケア」です。自身の限界を認識して休息をしっかり取ることが重要です。また、職場の仲間と気持ちを吐き出せるミーティングの場を持つことも助けになります。私自身で言えば葬儀を勤める辛さをきっかけにグリーフを学び始めました。

誰であれ一人で抱え込むのはしんどいことです。どうかご自身を大切になさってください。そして読者の皆さまには、支援者にもグリーフがあるのだと知っていただけたら幸いです。

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Profile

秋山 智

1984年生まれ、新十津川町光台寺(真宗大谷派)住職。葬儀などを通して、死別を繰り返すことで、グリーフについて関心を持つ。2016年にリヴオンが主催する「僧侶のためのグリーフケア連続講座」を受講。現在は僧侶の仲間と共に隔月で、地域緩和ケアセンターruyka(札幌市)にて「お別れを経験した、私たちのつどい」を開催し、喪失体験を語り合える場をつくっている。

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